「苦」

白川静『常用字解』
「形声。音符は古。説文に“苓なり”とあって、にがなという草をいう。はなはだにがい草であるので、苦は“にがい、はなはだ” の意味となる」

[考察]
白川漢字学説は言葉という視座がない。そのため形声の説明原理が欠けており、すべての漢字を会意的に説く特徴がある。しかし本項では古からの説明ができず、会意的方法もお手上げである。
形声の説明原理とは言葉の深層構造に掘り下げ、語源的にコアイメージを捉える方法である。深層レベルのコアイメージが表層に現れたのが意味である。だから正しい意味(文脈に使われる意味)を正確に把握するにはコアイメージを究明することが重要である。
まず古典における苦の用例を見る。
①原文:采苦采苦 首陽之下
 訓読:苦を采り苦を采る 首陽の下
 翻訳:ノゲシを摘むよ ノゲシを摘むよ 首陽の山のふもとで――『詩経』唐風・采苓
②原文:誰謂荼苦 其甘如薺
 訓読:誰か謂はん荼トは苦しと 其の甘きこと薺の如し
 翻訳:ノゲシがにがいと誰が言う ナズナのように甘いのに――『詩経』邶風・谷風

①は草のノゲシの意味、②は味がにがい意味で使われている。①②は同時に使われており、どちらが先かは分からない。味覚の「にがい」が先で、にがい草の名が転義とも考えられる。ただし図形の成立は①を念頭に置いて成立した。すなわち「古(音・イメージ記号)+艸(限定符号)」を合わせた図形が作られた。古にコアイメージの源泉がある。古は136「箇」、337「居」でも触れているが「固い」というイメージを示す記号である(499「古」で詳述)。舌を固くこわばらせるような味のする草というのが苦の図形的意匠である。この意匠によって①と②の意味をもつ古典漢語k'ag(呉音ではク、漢音ではコ)を表記する。
ちなみに苦は荼と同じで、本草学などではSonchus oleraceus(キク科の草、ノゲシ)に同定されている。ノゲシは葉や茎に白い乳液を含み、嚙むとにがい味がする。