「虞」

白川静『常用字解』
「形声。音符は呉。呉は祝詞を入れる器のㅂを掲げて、舞いながら祈る形。虞は虎の皮を被って舞い、神を楽しませることをいう。虞はもと軍事について、神意をはかるの意味であり、神威をおそれることから、“おそれる、おそれ” の意味にも使う」

[考察]
疑問点①祝詞は口で唱える祈りの言葉であるが、これを器に入れて、掲げて、舞いながら祈るとは、どういうことか。器に入れる必要があるのか。②「虎の皮を被って舞い、神を楽しませる」の意味から「軍事について神意をはかる」の意味になったというのであろうか。「楽しませる」と「神意をはかる」と「神威をおそれる」はあまりにも違い過ぎて、関連性があるか疑問。
「おそれる」は「畏れる」あるいは「恐れる」であろうが、虞はそんな意味(恐怖の意味)ではない。古典では次のように使われている。
 原文: 昊天上帝 則不我虞
 訓読: 昊天上帝 則ち我を虞(おもんぱか)らず
 翻訳: 天の神様上帝は 私を心配してくださらぬ――『詩経』大雅・雲漢

虞は心配する意味で使われている。『春秋左氏伝』には「四方の虞(おそれ)無し」(四方から攻められる心配がない)という用例がある。虞の「おそれ」は恐怖ではなく、「何かが起こるのではないかと予想して心配する」 という意味である。
それを意味する古典漢語はngiuag(呉音・漢音でグ)である。これを虞と表記するが、もともと獣の名であった。『詩経』に騶虞という獣が出ている。これは他の生物を害しない想像上の聖獣とされ、平和で理想的な環境が達成された時代に出現するという伝説がある。この虞は環境や自然を守る官吏(環境保護官)という意味に転じた。騶虞は生きた植物さえも踏まないという動物である。環境保護官(山虞・沢虞などの名称がある)は自然が破壊されるのではないか予想して先に保護の手当てをする。ここから心理動詞が生まれた。何かよくない事態が起こるのではないかと予想して先に配慮する(心配する)と意味である。これが上記の使い方である。
さて虞の字源は「呉(音・イメージ記号)+虍(限定符号)」と解析する。呉は「食い違う」というイメージがある(516「呉」を見よ) 。図示すれば⇄の形である。これは→の方向に対して←の方向に行く(反対・逆向きに行く)というイメージにもなる。虞は他の生き物に対して、それとは逆の方向に行って避け、危害を加えないトラに似た動物を暗示させる。