「薫」
正字(旧字体)は「薰」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は熏。薰は槖(ふくろ)の中の物を火であぶって薫(くゆ)らす形。説文に“香草なり”とあって、よい香りのする草であるとする。“かおる、かおり” の意味のほかに、熏と通じて“くゆらす”の意味に用いる」

[考察]
袋の中の物を火であぶって薫らす→よい香りのする草→かおる・かおりと意味を展開させるが、「くゆらす」から「よい香りのする草」の意味への導き方が舌足らずな感は否めない。「くゆらす」と「かおる」の関係の説明が不十分である。
古典では薰は次の用例がある。
①原文:一薰一蕕、十年尚猶有臭。
 訓読:一薫一蕕、十年尚(なお)猶(なお)臭ひ有り。
 翻訳:香草と臭草が合わさると、十年はまだ臭いが消えない――『春秋左氏伝』僖公四年
②原文:我心憚暑 憂心如薰
 訓読:我が心暑を憚(おそ)れ 憂心薫ずるが如し
 翻訳:私の心は暑さを恐れ 憂いは煙がくすぶるかのよう――『詩経』大雅・雲漢

①は香草の名(マメ科レイリョウコウ属のハーブ)、②は草などを焚いて煙をいぶす意味で使われている。これらの意味をもつ古典漢語がhiuən(呉音・漢音はクン)である。これを代替する視覚記号として薰が考案された。
語源的に検討すると、hiuənという語は云のグループ(云・雲・芸ウン・魂・耘)と同源で、「中にこもる」というコアイメージがある。何がこもるかというと、気のようなガス状のものである。水蒸気・香気・煙・気体などである。「中にこもる」は(周辺に)立ち込める」というイメージにも展開する。このコアイメージを表現するのが熏である。これを分析すると「屮+黑」となる(篆文の字体)。屮は艸に含まれ、草と関係があることを示す符号。黑はかまどに火を燃やした後、煙突に煤がたまる情景。「黑(かまどや器の中で火を燃やす様子。イメージ記号)+屮(限定符号)」を合わせた熏は、火を焚いて草をくすべる情景を設定した図形である。この図形的意匠によって、「(香気が)立ち込める」というイメージを表すことができる。かくて、「熏(音・イメージ記号)+艸(限定符号)」を合わせた薰は、香気が立ち込める草の名、また、草を焚いて煙をいぶすという意味をもつhiuənの代替記号(視覚記号)になりうる。また「中にこもる」「(香気が)立ち込める」というコアイメージから、香料などを焚いて香りをこもらせる、また、よい香りが立ち込める意味にも展開する。薫香・余薫の薫はこの意味である。またメタファーによって、よい香りをたきこむように、よい影響を人に与えるという意味を派生する。これが薫育・薫陶の薫である。