「啓」

白川静『常用字解』
「会意。戸と攴(攵)と口とを組み合わせた形。戸はその中に神を祭っている神棚の片開きの扉の形。口はᆸで、祝詞を入れる器の形。攴は小枝を持って打つの意味であるが、古い字形は又(手の形)に作るものが多い。ᆸを神棚の扉の中に匿して祈ることによって、神の啓示(お告げ)はその扉の中に示されるのである。それで神棚の扉を手で“ひらく”こと、また扉の中の神の啓示をみることを啓という」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。戸(神棚の片開きの扉)+口(祝詞を入れる器)+攴(手)→祝詞を入れる器を神棚の扉の中に隠して祈る→神棚の扉を手で開く、また、扉の中の神の啓示をみるという意味を導く。
疑問点①祝詞は口で唱える祈りの言葉であるが、これを器に入れるとはどういうことか。②これを神棚に隠して祈るとはどういうことか。③神の啓示が扉の中で示されるとはどういうことか。④神の啓示を見るとはどういうことか。⑤「神棚の扉をひらく」の意味になる必然性がない。神の啓示を見るために開くのであろうか。
疑問だらけである。意味の展開過程が曖昧模糊としている。図形的解釈をストレートに意味とするからあり得ない意味が出てくる。 
啓は古典でどのように使われているかを見てみよう。
 原文:執其鸞刀 以啓其毛 取其血膋
 訓読:其の鸞刀を執り 以て其の毛を啓(ひら)き 其の血膋ケツリョウを取る
 翻訳:鈴の刀を手に握り いけにえの毛を開いて 血と脂を割いて取る――『詩経』小雅・信南山

啓は閉じた状態を開けるという意味で使われている。この語を古典漢語でk'er(呉音ではケ、漢音ではケイ)という。古典に「啓は開なり」とあり、啓と開k'ərはほぼ同義である。
啓は啟が本字である。「启ケイ(音・イメージ記号)+攴(限定符号)」と解析する。启は「戸+口」と分析する。口は穴、あるいは穴が開いた状態を示している。だから启は戸を開ける状況を暗示させる図形である。この意匠で「あける」ことを意味するk'erを十分表記できるが(『説文解字』に「启は開なり」とある)、さらに動作を示す限定符号の攴を添えて啟とした。これ以上の情報は啓に含まれていない。