「徒」
白川静『常用字解』
「形声。もとの字は𨑒に作り、音符は土。説文に“𨑒は歩して行くなり”とあり、“徒歩、かち”の意味とする。土は社のもとの字であるから、その社に属する者を徒といい、“仲間、くみ、人々”の意味にも用いる」
[考察]
白川漢字学説は形声の説明原理がなく、会意的に説くのが特徴である。本項では最初の徒歩の場合は土からの説明がない。つまり会意的な説明がなされていない。しかし後段では、土は社のことで、社に属する者が徒であるという。前段と後段にどんな関係があるのか理解不能である。統一的な字源説とは言い難い。
だいたい徒に「社に属する者」という意味はない。字形から無理に引き出した意味である。図形的解釈と意味を混同している。
古典で徒がどんな意味で使われているかを見るのが先決である。
①原文:舍車而徒。
訓読:車を舎(す)てて徒(かちありき)す。
翻訳:車を捨てて徒歩で行く――『易経』賁
②原文:我徒我御 我師我旅
訓読:我が徒我が御 我が師我が旅
翻訳:わが兵隊 わが御者 わが軍団 我が旅団――『詩経』小雅・黍苗
③原文:非吾徒也。
訓読:吾が徒に非ざるなり。
翻訳:[彼は]私の仲間ではない――『論語』先進
①は乗り物に乗らないで歩いて行く意味。漢文では「かちありき」と読む習慣になっている。②は戦車に乗らないで歩く兵卒(足軽のようなもの)の意味、③は一緒に仕事をする仲間の意味に使われている。これを古典漢語ではdag(呉音でヅ、漢音でト)という。これを代替する視覚記号しとして徒が考案された。
徒は「土+彳+止」と分析できるが、「彳+止」は辵と同じである。辵は歩行・進行と関係があることを示す限定符号。したがって徒は「土(音・イメージ記号)+辵(限定符号)」と解析する。土は文字通りの意味、「つち」である。乗り物に乗らないで行くのは土を踏んで行くことである。これを徒というのである。日本語の「かち」に当たる。「かち」には歩兵という意味もある。これは漢語の徒と同じ。上の②は歩兵の意味である。漢語では意味がさらに展開する。一緒に仕事をする者(仲間)という意味に展開する。一緒に勉強する仲間という意味も生まれる。これが生徒の徒。一方、乗り物に乗らない(馬も車もない)ことから、道具などを持たない、何も持たないという意味も生まれる。これが徒手空拳の徒。 また、何もすることがない(むなしい、むだ)という意味も生まれる。これが徒労、徒然(つれづれ)の徒である。
土を踏んで行くことから、さまざまな意味が生まれる。なぜこのような意味が生まれるかを論理的に説明しないと、漢字の理解は深まらない。
白川静『常用字解』
「形声。もとの字は𨑒に作り、音符は土。説文に“𨑒は歩して行くなり”とあり、“徒歩、かち”の意味とする。土は社のもとの字であるから、その社に属する者を徒といい、“仲間、くみ、人々”の意味にも用いる」
[考察]
白川漢字学説は形声の説明原理がなく、会意的に説くのが特徴である。本項では最初の徒歩の場合は土からの説明がない。つまり会意的な説明がなされていない。しかし後段では、土は社のことで、社に属する者が徒であるという。前段と後段にどんな関係があるのか理解不能である。統一的な字源説とは言い難い。
だいたい徒に「社に属する者」という意味はない。字形から無理に引き出した意味である。図形的解釈と意味を混同している。
古典で徒がどんな意味で使われているかを見るのが先決である。
①原文:舍車而徒。
訓読:車を舎(す)てて徒(かちありき)す。
翻訳:車を捨てて徒歩で行く――『易経』賁
②原文:我徒我御 我師我旅
訓読:我が徒我が御 我が師我が旅
翻訳:わが兵隊 わが御者 わが軍団 我が旅団――『詩経』小雅・黍苗
③原文:非吾徒也。
訓読:吾が徒に非ざるなり。
翻訳:[彼は]私の仲間ではない――『論語』先進
①は乗り物に乗らないで歩いて行く意味。漢文では「かちありき」と読む習慣になっている。②は戦車に乗らないで歩く兵卒(足軽のようなもの)の意味、③は一緒に仕事をする仲間の意味に使われている。これを古典漢語ではdag(呉音でヅ、漢音でト)という。これを代替する視覚記号しとして徒が考案された。
徒は「土+彳+止」と分析できるが、「彳+止」は辵と同じである。辵は歩行・進行と関係があることを示す限定符号。したがって徒は「土(音・イメージ記号)+辵(限定符号)」と解析する。土は文字通りの意味、「つち」である。乗り物に乗らないで行くのは土を踏んで行くことである。これを徒というのである。日本語の「かち」に当たる。「かち」には歩兵という意味もある。これは漢語の徒と同じ。上の②は歩兵の意味である。漢語では意味がさらに展開する。一緒に仕事をする者(仲間)という意味に展開する。一緒に勉強する仲間という意味も生まれる。これが生徒の徒。一方、乗り物に乗らない(馬も車もない)ことから、道具などを持たない、何も持たないという意味も生まれる。これが徒手空拳の徒。 また、何もすることがない(むなしい、むだ)という意味も生まれる。これが徒労、徒然(つれづれ)の徒である。
土を踏んで行くことから、さまざまな意味が生まれる。なぜこのような意味が生まれるかを論理的に説明しないと、漢字の理解は深まらない。
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