「麻」

白川静『常用字解』
「会意。广と𣏟とを組み合わせた形。𣏟は麻の皮の繊維の形。广は宮廟の屋根の形であるから、宮廟に𣏟あさをかけて用いるの意味で、“あさ”の意味となる」

[考察]
「宮廟にアサをかけて用いる」とはどういうことか。意味が分からない。これからなぜ植物のアサの意味になるのか。アサを意味する言葉が先にあるはずであろう。意味展開が逆転している。
言葉が先にあり、文字表記はその後である。白川漢字学説は言葉を無視し、字形から意味を引き出す学説である。字形から意味が出るというのは言語学に反している。意味とは「言葉の意味」であって字形にあるのではない。言葉が使われる文脈から、言葉の意味を判断すものである。
麻は最初から植物のアサの意味で使われている。 
 原文:東門之池 可以漚麻
 訓読:東門の池 以て麻を漚(ひた)すべし
 翻訳:東の門のそばの池 アサを漬けるにはちょうどよい――『詩経』陳風・東門之池
麻はアサの意味である。最初から現在まで意味は変わらない。古典漢語ではアサをmăg(呉音でメ、漢音でバ)という。これを代替する視覚記号しとして麻が考案された。
麻は「𣏟(イメージ記号)+广(限定符号)」と解析する。𣏟は二つの𣎳からできている。𣎳は𣏕ハイ(こけら)の右側と同形になっているが、これとは違いヒンの音。『説文解字』に「枲茎の皮を剝ぐなり。屮に従ひ、八は枲(あさ)の皮茎に象る」とある。屮は草木の茎、八はその皮と見たようだが、八は皮を剝がすことを示している。段玉裁は「𣎳は其の皮を茎より取ること、𣏟ハイは其の皮を取りて之を細かく析くなり」と述べている(『説文解字注』)。
𣏟はアサの皮を剝いで繊維を取る工程から発案された図形と考えてよい。𣏟に屋根や建物を示す限定符号の广を添えた麻も同じである。図形は建物の中でアサの皮を剝ぎ取る情景であるが、そんな意味を表すのではなく、この図形的意匠によって、アサの意味をもつmăgを代替し再現させる文字表記とするのである。
以上は字源について述べたが、語源の方が重要である。というのは麻は摩・磨・魔・靡・糜などのグループを構成し、共通のコアイメージがあるからである。どんなイメージか。
アサの皮を剝ぎ取って繊維を取り出す工程には柔らかくもみほぐすという行為がある。ここから「柔らかくもみほぐす」「こすってもむ」というイメージが生まれる。上記のグループにはこのイメージを共通に含む。また、「柔らかくもみほぐす」というイメージから、締まった筋肉が柔らかくほぐれてしびれるという意味が生まれる。これが痲痺の痲で、麻痺とも書かれる。インド大麻には麻酔効果があるから麻痺の意味が生じたとも考えられるが、麻という言葉自体から派生する意味である。